車両

 

1 はじめに

 

国鉄にはSLから新幹線まで様々な車両が存在する。

例えば客車だけでもオハ31系列、スハ32系列、オハ35系列、スハ43系列、10系軽量客車、そして20系「ブルートレイン」などなど。

 

それでは、そんな国鉄車両の世界を見ていこう。

 

 

2 スタイリングの話

 

国鉄はその性質上、凝ったスタイリングはどうしても採用しにくい傾向がある。

 

・多くの車両を量産する必要がある

・赤字ローカル線も存在する

・私鉄と異なり、どのメーカーでも製造可能な車両にする必要がある

これらの理由により、安価で製造しやすい車両が求められる。

 

また、SLの煤煙を考慮すると明るい塗色も採用しづらい。

 

それでもフラッグシップ車のスタイリングには、可能な限り力を入れてきた。

これは戦後に特急列車などで活躍したC62形蒸気機関車である。

終戦直後の混乱が残っていた時期の製造にもかかわらず、「なめくじ」ドームを搭載した半流線型スタイルを採用した。

 

 

3 車両の種類

 

国鉄の車両を種類別に分けてみよう。

 

ざっくり分けると機関車、客車、貨車、電車・気動車に分かれる。本サイトのメニューも原則としてこの分類に基づく。

 

客車や電車・気動車を用途別に分けると旅客車と郵便・荷物車、事業用車に分けられる。さらに旅客車を細かく分類すると座席車、寝台車、食堂車などがある。

そして座席車・寝台車ともに等級別に分けられている。ここからは車両の「等級」についてざっくり説明しよう。

 

三等級制時代の内装材

 

半鋼製車体だったため、内壁には木材を使用していた。

等級により歴然とした差が存在し、一等と三等では雲泥の差がある。

なお皇室用の御料車にはウォールナット材でも特に良質なものを厳選し、象嵌細工を施した究極の内装を誇る。

 

まずは旧三等車。多くの人々には最も馴染み深い車両だ。

かつて国鉄の客車は17m級車両が主体であり、この頃の三等座席車には1300mmピッチの狭いボックスシートが並んでいた。代表的車両であるオハ31の座席定員は80名だった。

昭和4(1929)年に20m級の大型客車スハ32が登場。座席はオハ31のままであれば定員96名のところ、座席定員を88名に抑えてゆったりしたレイアウトを採用した。

戦時色が強くなり、寝台車などから改造されたマハ47が登場。大量輸送が優先されたため、座席はオハ31以前と同等のレベルに後退した。なお戦後混乱期の60系鋼体化客車も同じく詰め込み仕様である。

戦後の混乱も落ち着きスハ43系客車が登場、スハ32やオハ35のようなゆったりした座席に戻った。

 

次は旧二等車。これは比較的裕福な人々や地位の高い人々が多く乗車する。

17m級車両の時代は約1700mmピッチのボックスシートが採用されていた。

20m級客車の時代になると転換クロスシートになった。但し電車は短距離かつ普通列車にしか用いられないため1700mmピッチのボックスシートのままであった。

戦後になるとリクライニングシートを備えた車両も登場した。

また扇風機も装備されている。

 

そして旧一等車。限られた一部の人々のための「雲の上の存在」である。

プライバシーを保護するため個室が採用された。特急列車など限られた列車にしか連結されないため、編成ごと方向転換することを前提に前向き固定座席が採用されている。